近くに「エホバの証人・王国会館」があるので、中年の信者の方がよく拙宅に来られて宗教について討論している。
私は仏教徒だから
「仏教では
戒学(律法を守ること)
慧学(仏教の智慧を得る)
定学(座禅して瞑想する)
の3つが大事であるが・・・
一番大事なのは”信”である」
・・・という主張である。なお「信とは他力本願のこと」である。
対する王国会館側の主張は
「律法を守ること(が大事)」・・・だから仏教でいえば戒学重視ということだね。
だから
「輸血は禁止」などと言うのであろう。
そこで私の方は彼らに対して
「新約聖書『ローマ信徒への手紙2』には
義人は一人も居ない(3-12)。
ところが今や、律法とは関係なく、しかも律法と預言者によって立証されて、神の義が示された(3-21)。
行いの法則によるのか。そうではない。
信仰の法則によってである。
なぜなら、わたしたちは、人が義とされるのは律法の行いによるのではなく、信仰によると考えるからである(3-27~28)。
・・・とちゃんと書いてあるではないか!?」
と迫る。
・・・しかし王国会館の信者さんたちは
「聖書には別の記述もある・・・」
などと可笑しなことを言う。
そこで私も
「では・・・聖書には本当の記述と嘘の記述の両方があるのですか?」
と反論するのだが会館側は納得しない。
「(聖書の言葉は)総合的に判断すべき」などと奇妙なことも言いだす。
そうなると・・・
聖書のフレーズには神意が籠っておらず、人間によって説き起こされた説明があって初めて真実が明かされることになる。
それでは
神より人間の方が偉いということになってしまうではないか・・・
このように信と律の教義解釈が分かれる紛争に対しては
仏教の一派である浄土真宗の「歎異抄(たんにしょう)」というものが解決策になると思う。
これは開祖の親鸞(しんらん)聖人と一番弟子の唯円(ゆいえん)との討論集なので紹介しよう。
あるとき師匠の親鸞が弟子の唯円に問う。
「唯円はわたしの言う言葉を信ずるか?」・・・と
唯円答えて曰く。
「さようでございます」
親鸞は更に念を押す。
「ならば、わたしの言うことに背くまいな?」・・・と
そこで唯円
「仰せの通りにいたします」・・・
すると親鸞の驚愕の問いが続く!
「では、人を千人殺して見せないか!
そうしたら、必ず浄土に往生することができるだろう」
・・・と
唯円は畏れ入って
「仰せでございますが・・・わたしの腕力では一人でさえもとても殺すことはできません」
と答える。
そこで親鸞が叱責して言う。
「ではどうして、親鸞に背かないなどとそのような嘘を言うのか!
・・・そもそも
千人殺せる腕力がある者が、なお一人も殺さないからこそ善行なのである。
一人も殺す能力が無い者が殺さないからと言って賢しらに善行を行ったなどと言い立てるべからず!
また
”宿業”が無いから殺せないなどと言うかも知れないが
それなら宿業があれば千人でも殺す!
ということであるぞ!」
という有名な説法がある。
親鸞が言いたいことは
「善人は その心が良くて善人なのではない。
悪人も その心が悪くて悪人なのではない。
人間の努力ではどうすることもできない業(宿業)があるからこそ
悩める衆生はみな阿弥陀如来への信心のみで浄土に行ける」
と言ったのである。
宿業・・・キリスト教で言えば「原罪」である!
ゆえに
キリスト教でも「神の子であるイエスを信じるだけで天国に行ける」はずである。
”律法を守る”ことなどは重要度がずっと落ちる ということ。
それに
”律法を守る”という「努力だけで天国に行ける」なら”神は要らない”ということにもなりかねない。
第一 「モーゼの十戒」の最初にも
エホバ以外を神としてはならない
(神を信じることが一番大事ということ)
とちゃんと定められているではないか!
「殺してはならない」は6番目の戒であり
「盗んではならない」は8番目の戒である。
ゆえに
王国会館が「輸血の禁止」を定めるなど本末転倒と言うべきである。
・・・というか・・・
聖書にも歎異抄と同じような記述があるのである。
ヨブという敬虔なユダヤ教徒が全財産と息子7人と娘3人を失って悲嘆に暮れて神を批判するが・・・
「お前は天地の初めからこの世の行く末を全部見続けて来たのか?」
と問われて反省し再び財産と息子7人と娘3人を取り戻す説話である。
この結末も結局は
「(疑うことなく)神を信ぜよ!」
ということが教訓である。
私見ではありますが・・・
王国会館さんはイエス時代のユダヤ教で言えば(形式主義に陥った)「パリサイ派」であろうと思う。
王国会館さん
儒教では「論語読みの論語知らず」と言うのですが・・・
あなた方こそが
「聖書読みの聖書知らず」
ではないのでしょうか・・・
(なお 王国会館さんの聖書解釈は特殊なものであって
世界のキリスト教徒全体・主流派の聖書解釈は私の側の主張と一緒です。
お間違い無きように・・・)



by muff
競走する社会主義 棲み分ける…